「民間テストありき」

「加計ありき」で進められたと言われる獣医学部新設の手続き。同じことが,英語の大学入試改革でも起こっている。「民間テストありき」でことが進められ,文科省主導で行うべき施策の実効性に関する検討や検証が行われていない。テスト研究や英語教育の専門家から上がる反対意見は無かったかのように捨て置かれ,結論ありきで2020年度に向けた準備が場当たり的でありながら,きわめて強引に推し進められている。

今回の英語入試改革は,センター試験が民間テストに替わるだけのものではない。センター試験は,初等・中等教育を修了した後にしか受けられないテストであり,小・中・高等学校の英語教育への直接的な影響は良い意味でも悪い意味でも,ある程度限定されている。一方,民間テストは受験料さえ払えばいつでも(たとえば,小学生や中学生のうちから)受けられる。この違いが,民間テスト導入後の小・中・高等学校の英語教育にどのような影響を与えるのか,日常の指導や評価がどう変わり,生徒や教員はどう感じ,家庭では何が起こり,受験産業はどう動くのか,このような制度設計上の基本さえ,まったく検討されていない。

「4技能でありさえすれば,どのようなテストをどう導入しようと今よりはマシ」と信じ込まれているようだが,テストの波及効果はそれほど単純なものではない。

外国語でコミュニケーションすることの楽しさや異文化への興味・関心などを度外視して(そういうものに気づかせるための努力を放棄して),小・中・高等学校がGTECや英検などの予備校と化す姿は想像するだけでおぞましい。学習指導要領を告示し,教科書を検定する文科省には,施策導入の前に,そうはならないことを検証をする責任があるはずだ。

大学入試において3技能ではなく,スピーキングも含めた4技能の評価を行うのが望ましいことは言うまでもない。しかし,だからといって,国の英語教育をまるごと民間のテスト業者に差し出すことはない。運営の難しいスピーキングテストだけを国の管理の下で民間に委託するとか,第3セクター方式で運営するといったことも考えられる。そうすれば,外部からは見えないスピーキングテストの特性や受験者の実態を見極めながら,大学の入学者選抜にふさわしい得点算入の仕方を考え出すこともできるだろう。ここに至るまで,そのような選択肢がいっさい検討されていないことが,今回の英語入試改革が「民間テストありき」で進められていることの証と言える。

私が勤める大学の図書館には,数百万円分の役に立たなくなったTOEICの参考書が山積みされている。2016年に出題形式が変わったために,新形式の問題に対応した参考書を新たに買い揃えることが必要になったのだ。2020年度からは,これと同じことが,小・中・高等学校でも起こるのではないか,この国の英語教育がテスト業者の手のひらで転がされるようになるのではないかと,心配は尽きない。

テスト業者の能力や職業規範を疑うわけではない。しかし,費用対効果を優先せざるをえない団体であるかぎり,彼らのパフォーマンスに日本における英語教育・学習の評価をまるごと託すわけにはいかない。たとえば,自社テストの受験者数を伸ばすために内部で得点調整をすることが許されるような環境での大学入試導入は,大学や受験生にとってはもちろん,テスト業者にとっても望ましいことではない。「せめて査察制度を!」と叫び続ける声も文科省には届かない。

一度,大失敗をしないと分からないのなら,その失敗を見届けてやろうと思い始めていた。しかし,民間テストの利用に消極的であった国立大学協会までもが文科省の圧力に屈して方針を転じたと聞くと,科研費やSGU予算の支援を受けて,5年も前からこの問題に取り組んできた者としての責任を果たさなければと思う。

テストの妥当性や信頼性,テスト運営のセキュリティーやリスクマネジメント,複数のテストの相関,情報の透明性など,「改革」にあたって検討すべきことが検討されていないことを,実践を通して得た具体的なデータを基に訴えていくのが,国のお金でスピーキングテストを開発・運営してきた私たちの役割だろう。暴露記事的にならないように気をつけながら,スピーキングテストの裏側や受験生の実態についての情報を発信していきたい。

11月の国立大学協会の総会で,2020年度からすべての国立大学で,大学入試センターが作成するマークシート式のテストと,民間テストの両方を受験生に課すことが正式決定するそうだ。

弱小だけど,お上にものの言いにくい世相だけれど,やせがまんして,もうちょっと頑張ろう!

危機感を共有する皆さん,そろそろ結集しませんか。

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大学入試への英語スピーキングテスト導入は,教育の改善と併行して段階的に!

外国語のスピーキング能力は使うことによってしか育ちません。「使う」とは,言語の本来の目的である「意味」「メッセージ」をやりとりすることです。教室内でも同じで,文法指導など「教える」ことの効果は限定的です。

多くの高校の先生方が英検準1級を目指している現状で,TOEFLやIELTSで高得点をとれる生徒を育てることはできません。 TEAPやGTEC CBTとて,スピーキングセクションで高得点をとれる生徒を公教育を通じて育てることはきわめて困難と言わざるをえません。

2020年度に向けた英語の大学入試改革は,このような現実を直視することなく,楽天を筆頭とする財界やテスト業者と連携する先生方(実際のテスト開発や運営には深く関わっておられないのではないでしょうか)の主導で進められています。

また,外国語の教育や習得に関する背景知識のない文科省の行政官は,「少ない予算で4技能のテストが導入できればが何でも良し」という構えのようにさえ思われます。(私たちが開発しているスピーキングテストのことで何度か問い合わせがありましたが,失礼ながら,そのような印象を受けました。)

万一,外部(民間)テストの入試利用が本格化すれば(たとえば,国公立大学の一般入試などで利用されるようになれば),得をするのはテスト業者,および,英語教育に力を入れる私立の中学・高校,塾・予備校・英会話学校・ホームステイ企画会社などと,そこにお金を払う余裕のある家庭の子供たちです。

一方,一般的な中学・高校の教育で育てることのできない能力を大学入試で問えば,経済的に恵まれない家庭の子供たちが高学歴を得るチャンス(ひいては社会の流動性)が奪われることになりかねません。

一部のエリートを育てるために,全体が犠牲になる可能性はしばしば指摘されますが,今回の英語の大学入試改革がその傾向に拍車をかけることが危惧されます。

私は,入試へのスピーキングテスト導入を支持する側の者です。だからこそ,その準備をコツコツと進めてきました。そして今,その実績に基いて,「大学入試への英語スピーキングテスト導入は,教育の改善と併行して,段階的に行うべきだ」と声を上げたいと思います。

従来どおりなら,各大学は2017年度中に,2020年度の入試の概要を公表することになります。もし外部テストを利用するなら,自学のアドミッションポリシーや社会的な影響などを考えて,採用するテストやスコアの利用方法を慎重に検討しなければなりません。横並び志向で軽率な判断をすれば,「法科大学院の失敗」の二の舞いを演じることにもなりかねません。

そのためには,各大学の判断の材料となる情報が必要です。しかし,これまでのところ,文科省からそのような情報提供はありません。文科省内に設けられた「英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する連絡協議会」に参加するテスト業者が,「適正かつ包括的な英語4技能試験の内容・レベル・活用事例等の情報提供を行う」ことを目標に,「英語4技能試験情報サイト」を運営していますが,このサイトには,先行的な導入事例やインタビューなど外部テストの利用をイメージで煽る情報ばかりで,各大学が主体的な判断をするための拠り所となるようなデータはほとんどありません。むしろ,このサイト自体が今回の大学入試改革が短絡的であることを象徴しているようにさえ思われます。

最近では,テスト業者やテスト業者の下で働く研究者の方々から,準備不足を不安視する声が聞こえてくるようになりました。スピーキングテストの運営は費用対効果がきわめて低く,だからこそTOEFLやTOEICでも,スピーキングセクションの導入が他の技能に比べて大幅に遅れました。

スピーキングテストの裏側は,他の技能のテストにも増して,運営の安定性や機密性,受験環境の公平性,評定基準の妥当性,採点の信頼性など,危うい要素で溢れています。これらの点において,日本の大学入試については,どこを最低ラインとして外部テストに求めるのか。これまでに,そのような議論は一切なされていません。50万人を超える受験者の受け皿になる(その結果,巨大な利権を得る)側の方が不安になるほど,ずさんな制度設計の下で,英語の大学入試改革が行われようとしているのです。

現状のままで2020年度に突き進んだのでは,ポジティブな波及効果よりネガティブな波及効果の方が大きいことも考えられます。上述のような社会に及ぼす負の波及効果だけではありません。教員がスピーキングの指導に慣れていなければ,安直なテスト対策として,発音指導や発話中の文法的誤りを減らす訓練などに力が入ってしまうことでしょう。それでは,生徒のスピーキング能力向上を望むことはできず,スピーキングテストの入試導入に寄せられる期待そのものが裏切られることになりかねません。

そのような可能性をまったく検証することなく,英語の大学入試の一大改革が行われようとしているのです。テストのポジティブな波及効果に安直な期待を寄せるばかりで,教育が追いついていないことの弊害には思慮が及んでいないのです。

今こそ,舵を切り替えるべき時ではないでしょうか。ここまで待ったのですから,たとえ,あと数年遅れるとしても,周到な検証や準備をしてから,中→高→大,定期テスト→入試と段階的にスピーキングテストの導入を進めるべきです。

また,大学の教職員は(特に英語教育に携わる者は),今こそ,入試を運営する主体として,その社会的な責任を認識し,2020年度に向けてそれぞれの大学の入試について真剣に考えるべきだと思います。自分の仕事の負担の増減や来るべき嵐を凌ぐことばかりを心配していると,日本の英語教育がとんでもない方向に向かってしまうかもしれません。

英語スピーキングテストの入試導入は段階的に!

2020年度の英語の大学入試改革について書いたコラム「定期テストから入試へ:高・大をつなぐスピーキングテスト開発の現場から」が,大修館書店「英語教育」2016年12月号(36頁)に掲載されました。スピーキングテストを開発・運営した実績に基づく提案です。(以下抜粋)

「テストというだけで権威とみなしてはいけない。話す能力に点数をつけることの危うさを前提として,外部テストの品質検証や得点利用の方法が今後,慎重かつ公正に検討されることを願いたい」

「入試にスピーキングテストを導入すれば,合格者の入れ替わりが必然的に起こる。それを肯定できる教育ができているか。現行の教育では十分に育たない能力を入試で試してよいのか」

「教育を変えるために入試を変えるのは,そもそも本末転倒である。時期とのかね合いもあるが,中→高→大,定期テスト→入試と段階的にスピーキングテストを導入する道もあるはずだ」

このままでは,ずさんな制度設計の下,無謀な大学入試へのスピーキングテスト導入が行われることになりかねません。現実に即した方向変換が必要だと思います。

7月4日,京都市立京都工学院高校フロンティア理数科の「英語表現 I」の学期末考査で,生徒とインタビュアーをスカイプで結ぶ対面方式の英語スピーキングテストを実施しました

京都工芸繊維大学では,学部・大学院入試への英語スピーキングテスト導入に向けて,2012年10月に学際的プロジェクトチームを編成し,以下のようにプロジェクトを進めてきました。

2013年4月 テストスペック(テストの設計図)策定に向けた調査研究開始
2014年7月 株式会社イー・コミュニケーションズとの共同研究により,
CBT(Computer-based test)方式の受験システムとオンライン方式の
採点システム開発
2015年1月 第1回CBTスピーキングテスト実施(1年次生全員を含む約600名が受験)
以後,学内で定期実施することを決定
6月 株式会社QQ Englishと音声回答の採点の信頼性向上に向けた共同研究開始
12月 第2回CBTスピーキングテスト実施(1年次生全員を含む約650名が受験)
英語のネイティブスピーカー(日本の大学教員)と併行して,QQ Englishの
セブITパーク校に勤務するフィリピン人英語教員が採点にあたる。
2016年1月 2018年度学部AO入試,2019年度大学院推薦入試への導入に向けた
ワーキンググループ設置

このような取り組みの過程で,入試導入に向けた課題として,以下の3点が浮かび上がりました。

(1)受験環境の公平性担保
これは,外部テストについてもしばしば指摘される問題ですが,各受験者が,同時に受験する他の受験者の回答音声に注意をそがれたり,他の受験者の回答内容からヒントを得たりすることのない受験環境を確保しなければ,入試に求められる公平性が担保できません。
(2)受験生の準備
ほとんどの学生がスピーキングテストというものを受けたことがないため,入試でスピーキングテストを受けることに対する不安や心的抵抗が予想以上に大きいことが分かりました。また,「リンガフランカとしての英語」に関する学生の意識向上が遅れているため,“正確な(ネイティブにより近い)”発音や文法を使うことに注意が向いてしまうことも少なくないようです。
(3)教員の準備
スピーキング指導に慣れない教員がテスト対策に力を入れると,比較的取り組みやすい発音や文法の指導に焦点が絞られる可能性がありますが,それでは入試導入に寄せられる期待に添う波及効果を得ることができません。

これらの問題を解決するために,科学研究費基盤研究(B)「入学試験や定期考査に利用できる英語スピーキングテストシステム構築のための指針策定」(課題番号16H03448, 2016年〜2018)の助成を受けて,新たな取り組みを始めました。なかでも,(2)(3)の問題解決のモデルケースとして,京都工繊大を中心とする研究者チーム,京都工学院高校の英語科とICT管理部,フィリピンを拠点にスカイプ英会話レッスンを提供するQQ Englishの三者が連携して,京都工学院高校の「英語表現 I」の学期末考査のスピーキングセクションを企画・運営することになりました。

リーディングやライティングと同じように,スピーキングについても,「日常的な指導→学習成果を測る定期的なテスト」を繰り返すサイクルの延長線上に入試が来るのが理想です。その理想に少しでも近づくべく,合計得点の半分を科目の学習達成度測定にあて,残りの半分を「リンガフランカとしての英語」のスピーキング能力測定に配点できるように,テストの内容や評定尺度を工夫しました。各学生の能力の伸びを確認するために,後者は得点の標準化を試みる予定です。

PCモニターを挟む対面式のスピーキングテストですが,テスト当日,京都工学院高校の生徒さんたちは緊張しながらも,モニターに映るインタビュアー(QQ English フィリピン・セブITパーク校勤務)とのインタラクションに積極的に取り組み,たびたび笑い声も上がっていました。その様子を見ていると,今後このような取り組みが軌道に乗り,中学・高校段階で,生徒のレベルやニーズに合わせて企画したスピーキングテストを比較的簡単に定期実施できるようになると,日本人全体の英語運用能力の画期的な伸びにつながるかもしれないという手応えがありました。

詳しくは,プロジェクトのウィブサイトをご覧ください。

https://kitspeakee.wordpress.com

大学入試への外部試験利用,このまま進んで大丈夫?

京都工芸繊維大学独自のCBT(computer-based test)方式英語スピーキングテスト,KIT Speaking Test: English for the 21st Centuryを開発し,1回目の大規模テスト(2015年1月20-22日670名受験)を実施した経験に基いて考えました。

利潤追求を一義的目標とするテスト業者にすべてを任せて大丈夫か? テストの機密性保持が情報隠蔽の隠れ蓑になりはしないか? 入試に求められる公平性は担保できるか? 大学入学希望者学力評価テストが実施される2020年度までに,受験者数に足る数の質の高い採点者を養成できるか? 心理面も含めて,生徒の受験準備は整うか? 準備をサポートする態勢は整うか? 望まれる波及効果は得られるか? 指導が行き届いていないので,生徒間にスピーキング能力の差は開いていない。その能力をリーディング能力等と同じに扱って入学者選抜をすることに弊害はないのか? そもそも,教育を変えてからテストを変えるべきところを,テストを変えることによって教育を変えようとすることに弊害はないのか?

実際にスピーキングテストを開発・実施し,そこから得たデータ(受験者・採点者対象アンケートへの回答,回答音声データ,得点データ等)の分析を進めるにつれ,このまま文部科学省のシナリオどおりに2020年度の大学入試改革に突入して大丈夫なのだろうかという懸念が強くなります。数年後に迫っているのに,その時にどのようなことが起こるのかを具体的にイメージすることも容易ではありません。上述のような懸念に関して,信頼に足る検証も行われていません。雪崩のような大変革に巻き込まれるかどうか,各大学は入学者選抜をする当事者として,中等教育への影響にも配慮しながら,きわめて慎重な判断をしなければなりません。

その判断の参考になるような情報を少しでも発信できればと思っています。2015年12月に,約750名を対象として実施した第2回大規模テストの検証結果も近いうちに公表する予定です。

※以下は「CBT英語スピーキングテストの開発と実施:入試への導入に向けた試みの検証」京都工芸繊維大学情報科学センター広報誌,pp.30-48,2016より抜粋

4.2 民間テストの入試活用に関する示唆

今回,CBT方式の英語スピーキングテストを開発実施したことを通して,大学入試への民間テスト活用に関する具体的な問題点が見えてきた。日本人の英語習得が進まないのは,大学入試が「読む」「書く」の2技能に偏っているからだとする見方はかねてより根強い。2000年代に入ってからは,グローバル人材育成や海外に向けた発信力強化が財界などから求められるようになり,文科省は4技能を測定する民間テストの入試活用を一層強く推し進めている。

その一方で,民間テスト活用の問題点も多方面から指摘されている。民間テストの多くが学習指導要領に準拠していないことに関する問題提起もその一つである。TOEFLはアメリカやカナダの高等教育機関への入学希望者の英語能力判定を主な目的としており,TOEICはビジネス英語に主眼を置くテストである。これらの民間テストを大学入試に用いると,学習指導要領が形骸化し,高校の英語教育が民間テストのスコアを指標とする試験対策に陥るという懸念である。さらに踏み込んで,各大学が異なる民間テストを利用すると,高校での試験対策が難しくなるという声も聞かれる。

民間テストの入試活用が経済格差を助長するという問題も指摘されている。民間テストの実施会場は都市部に集中し,各都道府県に会場がないテストもある。また,2万5千円を越えるTOEFLやIELTS21)を筆頭に,受験料も安くない。都会の経済的に豊かな家庭の出身者だけが多様なテストを何度も受けられることから,入学者選抜における機会均等が損なわれることが懸念されている。

このような指摘を尻目に,民間テストの入試利用に向けた文科省の圧力はさらに強まり,2015年3月には,「英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する行動指針」(以下,「行動指針」)が各大学の長に通知された。4技能を測るという国の方針が,入試作成の手間やコストを削減できるという大学側の都合と合致することもあり,2016年度以降は民間テスト利用の波が広がることが新聞等で予想されている。私立大学を中心に,民間テストをどう使えば,大学のグローバル人材育成に資する英語力の高い入学者を獲得できるかを検討する動きも出てきている。

こうして,センター試験に取って代わる「大学入学希望者学力評価テスト」から英語を除外することは,国の明確な判断を待たずに既成事実化しつつあり,政府後援の特需にテスト関連業界は盛り上がっている。

しかし,文科省のシナリオではテスト業者が請け負うことになっているスピーキングテストの開発運営を実際にやってみた立場からすると,査察制度を設けずに,大学の入学者選抜を民間テストに丸投げすることには,大きな危険が伴うと言わざるをえない。

まず第一に,公正を期すべき入試に本来求められる透明性を,民間テストにどれだけ求められるかが疑問である。たとえば,本学で行った第1回スピーキングテストでは,延べ670名の受験者のうち3名については,全9問の回答音声すべてを回収することができなかった。加えて3名については,9問のうち1問分の回答音声を回収することができなかった。原因ははっきりしないが22),テスト業界の内情に詳しい筋によれば,同様の問題はCBTテスト全般にしばしば起こるとのことである。

今回のテストでは,回答音声を各学生のZドライブに一旦保存した後,複数の中継フォルダを経由して回収した。また,万一に備えてUSBメモリにもバックアップを作成した。これにより,回答音声の回収漏れが生じた場合には,各学生のドライブ,中継フォルダ,USBメモリにデータの有無を確認しにいくことができた。推測の域を出ないが,民間のスピーキングテストでもこのように厳密な手順を踏んでいるとは考えにくい。そのためか,通常のスピーキングテストでは,回答音声の回収漏れに加えて,受験者とのヒモ付けができない音声データも一定数出るとのことである。

その他にも,スピーキングテストを実施する過程では,大小の事故や技術的な問題が必然的に発生する。今回,私たちは回答音声の回収漏れについて,受験者に率直に詫び,再受験を促した。また,本プロジェクトの意義の一つと考え,テストの実施や採点に関わる不利な情報もありのまま公表している。

しかし同じことを,利益追求のための熾烈な競争を強いられる民間テストに求めることには無理がある。テストの機密性保持は,情報隠蔽の隠れ蓑にもなりうる。情報公開が難しいならなおさら,非公開のままで,テスト実施の内部に踏み込む第三者機関の査察が必要であろう。

そもそも,文科省が発表した民間テスト利用促進のための「行動指針」が,民間テストの主催団体を軸に組織された「英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する連絡協議会」によって作られたことに問題がある。利権の絡む判断に,権益を得る団体を巻き込んでよいはずがない。そのためか,「連絡協議会」から出される意見や提言には,具体性や現実性を欠くものが多い。

たとえば,「行動指針」は,大学が各テストの「妥当性,信頼性等に留意して具体的な活用方法等を明らかにする」ことを求めている。そして,テスト業者には,各大学がこれらを検討するにあたり必要な情報を「明示することに努める」よう求めている。しかし現実には,テスト業者が自らに不利な情報を公表するとは考え難い。宣伝のための謳い文句に近い情報を基に,各大学が入学者選抜に関わる重要な判断をするような事態は,是非とも避けたい。

さらに,採点者の質や数について考えると,センター入試に代わる役割を民間テストに担わせることの実現可能性さえ疑わしくなる。本学の実績からも明らかなように,スピーキングテストの採点は骨の折れる難しい作業であり,高度の熟練や並ならぬ忍耐力が必要である。2015年度には約53万人がセンター試験を受験した。少子化に伴う減少が見込まれるとは言え,何十万人単位の大学入学希望者が複数回スピーキングテストを受ける態勢を2020年度までに整えられるとは考え難い。業者任せにしたままで,受験者数に足る数の質の高い採点者を養成できるとは考えられないのである。

「行動指針」に基づく行動を各大学が実際にとり始めると,テスト関連業者には壮大なビジネスチャンスがもたらされる。しかし,そもそも開発や実施が技術的に難しく,費用対効果が悪いからこそ,他技能に比べてスピーキングテストの普及が遅れているのである23)。そのスピーキングテストの品質管理を,採算を重視せざるをえない民間テストに丸投げしたままで,英語の大学入試改革を完遂できるとは考え難い。

テストの波及効果についても不安が残る。今回本学では,意図する波及効果を得るためにテストをデザインし,その効果を最大にするための準備に力を注いだ。実際の成果はまだ明らかではないが,民間テストをこのように利用することは難しい。そもそも各民間テスト,特に日本のマーケットに向けて開発された後発の民間テスト24)については,波及効果に関する十分な調査研究が行われていない。財界を中心に,入試へのスピーキングテスト導入の波及効果に期待が集まっているが,実際にどのような効果が得られるかは,上述の「連絡協議会」をはじめ文科省内に設けられた各種の会合でも検討された形跡がない。

合理的な根拠のないまま,入試への民間テスト活用が国民の英語能力向上に向けた万能薬のように扱われているが,副作用がないとは限らない。受験生の準備が整う前にスピーキングテストが導入されることの影響は特に心配である。今回,本学で行ったスピーキングテストには,大学院入試への導入に向けた実証実験という側面もあった。その結果,学生の準備が十分でないことが分かったので,まずは普段のスピーキング指導をより充実させ,学部教育の一環としてスピーキングテストを一定期間実施した後に,大学院入試への導入を図ることが適切と判断した。

万一,ある程度の準備が整う前に,多くの高校生が大学入試の一環として,自分の能力にそぐわない民間テストを受けることになれば,スピーキング能力が飛躍的に伸びるどころか,英語を使うことへの意欲や関心の減退にもつながりかねない。たとえば,一般的な高校生がTOEFLのスピーキングテストを受けるのは,小学生が国語の大学入試を受けるのとあまり変わらない。受験後に「お手上げ感」が残るだけで,次の受験に向けて何をどう頑張ればよいかを実感できないようでは,テストに肯定的な波及効果を期待することはできない。

さらに,これらのテストの識別性能についても疑問は拭えない。今回,本学が開発したスピーキングテストを受験した1年次生551名の81%が,100点満点で50点から69点のスコアゾーンに属していた。スコアデータは正規分布に従っていたが,採点者が受けた印象も,上下に突出した一部を除く回答のほとんどが同様のレベル25)であるというものであった。CEFRのA2,B1レベルを対象に問題や評定尺度をデザインしたテストにおいてでさえ,このような結果が出るのである。普段の教育を通して受験生の準備が整う前に,入学者選抜にスピーキングテストを含めると,適切な選考が行われない可能性もある。

「テスト」というだけで無批判に「権威」と見なす傾向はもともと強いが,入学試験となればなおさらである。しかし,現在,大学が入試への活用を求められているのは,作成・実施・採点などの実態に踏み込んだ査察の行われていない,営利目的のテストである。各大学は社会を覆っている空気が安全かどうかを慎重に検討してから,入試改革に踏み出すべきであろう。

「大学入試への英語スピーキング・テスト導入プロジェクト」の進捗状況を発表

8月29日に鹿児島大学で開催された第54回大学英語教育学会(JACET)国際大会において,京都工芸繊維大学のチームが研究発表をしました。本年1月に1年次生全員を対象として実施したコンピュータベースのスピーキングテストを検証するとともに,その経験から得た知見に基いて,3月に文部科学省より発表された「英語力評価及び入学者選抜における英語の資格・検定試験の活用促進に関する行動指針行動指針」について考察しました。その時の発表原稿,スライド,配布資料をプロジェクトのウェブサイトにアップロードしました。今後は他の学校・大学の先生方とも連携し,生徒・学生の発信力向上むけて地道に研究を続けていきたいと思います。是非,お声かけください。

「この活動に賛同しません」様へ

(メールを頂いたアドレスに返信しましたが,すでにアカウントが閉鎖されているらしく,戻ってきてしまいました。不本意ですが,どうしても読んで頂きたいので,個人ブログに返信をアップロードさせていただきます。)

「安保法制に反対する京都工芸繊維大学有志の会」の呼びかけ人の一人である羽藤由美と申します。有志の会としては,なりすましや匿名のメッセージには対応しないことになっていますので,本メールは有志の会からの連絡ではなく,羽藤個人からのものとご理解頂けますようお願いいたします。

私は,頂いたメッセージは保護者の方からのものではなく,学生本人からものではないかと思っています。万一間違っていたら,お詫びのしようもありませんが,もし学生からのものであるなら,たとえ匿名のメールであっても,教員として誠実にお答えしたいと思いました。心情をお察しいただけますと幸いです。

チラシ配布が試験期間にあたることについて,私は何らの配慮もしませんでした。昼休みに正門前や学食前で不特定の教員からビラを渡された学生が,「有志の会に賛同しないと単位が出ないと脅されている」と感じたり,おびえたりするかもしれないということを想像だにしませんでした。真実がどうであったかは,各学生に聞いてみなければわかりませんが,配慮しなかったということは,翻せば,ご指摘のように脅したり圧力をかけたりする意図はまったくなかったということです。それどころか,たとえば,タイトルも「賛同を呼びかけます」とするなど,文面を推敲する段階でも,押し付けにならないように,出来る限り気をつけたつもりでした。また,チラシを渡す際にも,「賛成でも反対でもいいのでとにかく読んで考えてみてください」と繰り返しお願いしました。もし試験期間には,学生がそれほど神経質になっているとすれば,配慮不足であったことを深くお詫びします。

「政治活動は大学で行ってよいのか」「大学の許可は取れているのか」という点についてですが,「憲法を守れ」と当たり前のことを訴えるのが政治活動にあたるかどうかも,それこそ解釈次第ですが,私は事前に職員就業規則等を確認し,問題なしと判断しました。今回の件で,大学当局への告発等があったとしても大丈夫と確信していますが,もし必要になれば大学が判断することでしょう。

たとえ処分されようと,私にとって最も重要なのは,自らの良心に従って,目の前の学生たちが戦争に巻き込まれないようにすることです。 安倍内閣のやり方で(今回の安保法制のもとで)集団的自衛権を行使すれば,目の前のあるいは将来の若者が戦争に巻き込まれることになりかねません。そう思いながら声をあげないことに耐えられず,私は有志の会の呼びかけ人になりました。

「集団的自衛権」については色々な考え方があります。生身の人間が(たとえば自分が)武器を持って殺し合うことを前提にして,戦後70年間越えずに来た一線を今越えるべきかを国民全体が真剣に考えなければなりません。そして,必要なら正当な改憲の手続きを踏んで,前に進むべきです。それが民主主義ではありませんか。

どうか,ネットにあふれるあやふやな情報や短絡な意見をうのみにせず,自らが調べ,学び,考えてください。そして,匿名ではなく正々堂々と,貴方の意見を表明してください。若者に真正面から論破されることほど,老いぼれにとって嬉しいことはありません。

下記サイトの「各大学の取り組み一覧」のページにもあるように,現在,同じの趣旨の有志の会が全国の大学で続々と立ち上げられています。

http://anti-security-related-bill.jp

専門分野や主義主張の異なる数多くの研究者たちが一つの方向に向かって,これほど真剣に力を合わせたことがかつてあったでしょうか。私たちの国は今,それほど大きな岐路に立っています。真の意味で政治に関心を持ち,しっかり勉強し,真剣に考えてみてください。そんなに簡単に答えが出るはずはないと思うのです。「とりま廃案!」と高校生たちが叫んでいるそうですが,まさしくそのとおりだと思います。時間をかけてゆっくり考え,話し合いましょう。

羽藤 由美