2013年9月18日付で,外国語教育メディア学会 (LET)・全国英語教育学会 (JASELE)・大学英語教育学会(JACET)が,「教育再生実行会議で提案された大学入試制度(英語)の改革案について」という見出しの共同声明(「京都アピール」)を発表した。
私はJASELEとJACETの会員である。しかし,そのことをもって「京都アピール」に異論を唱える資格を失うものではないだろう。学会の公式見解と同様に,運悪くアピール作成に向けた議論に加わることのできなかった一会員の意見を明らかにすることにも,それなりの意味はあるだろう。大学入試(特に英語の入試)の改善に関する議論では,当事者である大学や大学教員より政府や産業界がイニシアティブをとっているように思われる。本来なら,当事者(特に英語を教える大学教員)こそが,真剣かつ多角的に検討しなければならない問題である。愚見がそのような議論の引き金になること期待して,「京都アピール」に欠けているものを指摘し,いくつかのオルタナティブについて考えてみたい。
1.「京都アピール」に欠けているもの
(1)当事者意識
「京都アピール」は,「教育再生実行会議で提案された大学入試制度(英語)の改革案について」という見出しで始まる。しかし,教育再生実行会議で討議されたのは「大学入試の在り方」であり,第三次提言にも「入試制度」という表現は使われていない。また,JACET本部のウェブサイトでは,「京都アピール」が「緊急提言」としてアップロードされている。これらは,当該三学会は問題解決に向けた学問的知見を提供する協力団体であり,問題解決の責任を負ってはいないという事実を強調するために用いられた意図的な戦略だろうか。
確かに,どの学会もセンター試験や各大学の個別試験に関する発言権や決定権を持ってはいない。しかし,これらの学会に所属する多くの大学教員は(私自身も含めて),大学入試に問題があるとすれば,その問題を引き起こしている張本人であり,問題解決が必要ならば,その責任を担うべき立場にある。自らを高みに置いて,三学会がそれぞれの学問的知見をもって大学入試制度改革に「積極的に協力する」ことを提案する「京都アピール」には,そのような当事者意識が欠如しているのではないだろうか。
文部科学省は「大学入試の基本的な考え方」として,「大学がどのような選抜でどのような入学者を受け入れるかについては,各大学・学部等の入学者受入方針に基づき実施するもの」としている。また,入学志願者の能力・適性等を多面的に判定するために,選抜方法の多様化,評価尺度の多元化を推進している(第9回教育再生実行会議配布資料より)。さらに,文部科学省が大学入試実施のガイドラインとして毎年度,大学に通知している「大学入学者選抜実施要項」では,「高等学校学習指導要領(中略)に準拠し,高等学校教育の正常な発展の障害とならない」ことや,「個別学力検査を実施する教科・科目は,学習指導要領に定められている教科・科目の中から高等学校教育に及ぼす影響にも配慮しつつ(中略)定める」ことなどが求められている。
つまり,各大学の教員は,「京都アピール」の「1.前提」にあるように,「入学試験制度(英語)に改革が必要なことは認識」しているのであれば,その後に続く「2.大学入試のあり方」に挙げられた「学習指導要領の方針に基づく4技能総合型」の入試や「高等学校の教育改善や学力形成につながる波及効果をもたらす」入試,「信頼性と妥当性,公平性と実用性のバランスを兼ね備えた」入試等の実現に向けて,大学を内側から動かすことができる立場にいるはずである。私たち大学教員はその責任を負うべく真摯に努力してきたであろうか。自らの権限が及ぶ範囲で,大学入試の改善に向けて力を絞ってきたであろうか。一人あるいは少数の教員が一つの大学を内部から動かすことは容易でない場合もある。しかし,各学会に所属する多くの教員が各々の大学の中から声を上げれば,もっと早く問題解決への道筋を付けられた可能性もあるのではないだろうか。
「大学入試が変わらなければ日本の英語教育は変わらない」という認識は,古くから行き渡っている。文部科学省も「大学改革実行プラン」等で入試改革の必要性を強調している。世間や多くの中学・高校の教員から見れば,問題を放置したまま頑として動かないのは大学の側である。何らかの理念や方針に基いて動かないのなら話は別であるが,「改革が必要なことは認識」しているのであれば,自らが望ましい「大学入試のあり方」に向けて動くべきである。外に向けた「アピール」や「提言」は,その努力と併行するものでなければ説得力がない。
(2)「大学入試改革は大学教育改善のための課題である」という認識
現行の大学入試には,「各大学・学部等のアドミッション・ポリシーに基づく適性判定」と「中等教育までの学習到達度判定」という二つの側面がある。しかし,入学者選抜のために行う試験である以上,前者の役割が後者より優先するのは当然である。前述の「大学入学者選抜実施要項」にも,「各大学は,当該大学・学部等の教育理念,教育内容等に応じた入学者受入方針(アドミッション・ポリシー)を明確にするとともに,これに基づき,入学後の教育との関連を十分に踏まえた上で,入試方法の多様化,評価尺度の多元化に努める」とあるなど,入試に関して文部科学省が推進する各種の取組は,各大学・学部等が欲しい人材を選抜することを前提としているのは明らかである。
しかし,「京都アピール」には大学教育への言及がまったく無く,あたかも高校教育の改善のために大学入試制度改革が必要であり,そのために三学会が協力を申し出るという書きぶりである。しかし本当のところは,大学の英語教育改善のためにこそ,入試のあり方を改める必要があるのではないだろうか。少なくとも私自身は,自分の勤める大学の英語教育をより充実させるには入試改革が欠かせないと感じている。
私の勤める京都工芸繊維大学では,2006年度から段階的に“The Most Demanding English Program in Japan (自称:日本で一番要求度の高い英語プログラム)”の構築に取り組んでいる。
これは,学生に大量の課題やテストを与えることにより,膨大なインプット処理やTOEIC/TOEFL等に向けた集中的な受験準備等を迫る,ある意味では究極の英語プログラムである。もともと真面目な学生が多い工科系の大学であるため,「やれば伸びる」という実感がさらなるやる気につながるという正のサイクル作りがある程度成功し,最近では英語学習に年間1,000時間以上かける学生も出てきた。また,課程によっては,大学院進学希望者40名程度のうち半数以上がTOEIC 800点を超える年もある。しかし,スピーキングとライティングの能力は期待通りに伸びない。昨今,発信力の重要性が謳われるなかで,「TOEICは900を超えたけど,スピーキングは英検3級レベル」などと自嘲する学生もいれば,IELTSのスコアが,Listening 7.0, Reading 7.5, Writing 5.5, Speaking 5.0 < Total 6.0であり,Total 6.5 以上を求める英国の志望大学院への進学が叶わないというような例もある。このような問題に対応すべく,定期的にインタビューテストを実施したり,各種のトラブルを危惧しながらもSkypeを用いた有料のスピーキング練習サイトの利用を推奨したりしている。しかし,学生全般の発信能力を伸ばすことに成功しているとは言い難い。
そこで突き当たったのが,全学生の70%以上が進学する大学院の入試と学部入試の改善である。日常的に行う様々な取組には,やればやるだけの効果がある。しかし,その手間を担う教員はすでに摩耗寸前である。そうなると,よりマクロなレベルで,大学院入試と学部入試を4技能総合(または統合)型にすることが,教員にかかる負担の面で最も効率的な改善策に思われる。そこで,昨年の秋から学内の学際的なメンバーで取り組み始めたのが「大学入試へのスピーキングテスト導入プロジェクト」である。
世間では,中等教育の英語教育健全化のために,大学入試が変わらなければならないと,しばしば言われる。「京都アピール」からは,大学教員の中にもそういう意識が強いことが伺われる。しかし,高校・大学のそれぞれが「4技能の総合的育成」や「発信力強化」を目指す昨今,双方をつなぐ入試を,目指す能力を測るものに変えていくことは,中等教育と高等教育の両方に関わる課題である。
「グローバル人材育成」の陰で生じる教育の歪みや,大学入試へのTOEFL導入の問題点を指摘する声は,参議院選を前にした「TOEFL騒動」以来,ますます盛んに聞かれるようになった。このような議論に大きな意義があることは言うまでもない。しかしその一方で,大学で英語教育に携わる教員は,目の前の学生の多くが「英語を使えない」,それも「使いたいと思っているのに使えない」という現実をもっと真剣に受けとめるべきではないだろうか。そうすれば,自らが教育・研究・大学運営等の業務に追われる中で,何が最も有効で効率的な教育の改善策であるかがおのずと見えてくる。大学入試改革はあくまでも大学の問題である。
2.「京都アピール」のオルタナティブ
(1)中等教育の学習到達度判定は中等教育の管轄下で行う
大学入試センター試験であれ,各大学が行う個別学力検査であれ,大学教員が作るテストに,中等教育の学習到達度を適切に判定することを期待するのは,そもそも無理がある。センター試験の作問・点検等にあたる大学入試センター教科科目第一・二・三委員会委員でさえ,必ずしも中等教育における外国語科の目標や内容,実情等に精通した教員が選ばれているわけでない。個別学力検査にいたっては,入試に関わる仕事を「リスクが高いわりには評価の対象にならない忌むべき作業」と捉える教員さえいる中で,学習指導要領や検定教科書の確認も不十分なまま,前例や経験・申し送りだけに基いて作られることが少なくない。さらには,妥当性や信頼性を維持するためのデータ収集や分析を行っている(とされる)大学はごく限られている。このような現実を踏まえれば,実質的には学習指導要領以上に中等教育への影響が大きいとまで言われるテストを,中等教育への責任を負わない大学教員が作っていることに根本的な問題があることが浮かび上がる。
そもそも,妥当性・信頼性の高い言語テストは,該当の教育コンテクストに精通した人材に加えて,言語教育・言語習得・テスト理論・教育測定等の専門家が揃わなければ作り得ないものである。そのうえ,前節でも述べたように,多くの大学教員は日々の業務に追われる中,入試改善への関心が高いとは言えない。そういうこともあってか,中等教育の学習到達度テストはおろか大学入試問題でさえ,一般の大学教員が主体となって作っている国は,少なくとも私が調べた範囲では日本以外に見当たらない。これらを総合すれば,日本でも,一般の大学教員が妥当性・信頼性の高い中等教育の学習到達度テストを作ることを期待するのはそろそろやめた方が良いように思われる。
そういう意味では,現在教育再生実行会議で検討されている「到達度テスト」が,豊かな知識経験を持つ中学・高校の教員や関連分野を専門とする大学教員を含む専門家集団で作られるようになるのが理想かもしれない。いずれにせよ,「京都アピール」の「2.大学入試のあり方」の欄に挙げられているようなテストは,中等教育の学習到達度判定として,中等教育の管轄下で作られるべきものである。
妥当性・信頼性の高い中等教育の学習到達度テストが実施され,各大学・学部等が独自のアドミッション・ポリシーに基いて,その成績を入学者選抜に利用できるシステムが整えば,大学教員は「時間をかけた丁寧な入試」の実現や入試方法の多様化,評価尺度の多元化等に,より真剣に取り組むことができるようになる。巷では,「到達度テスト」の導入が文部科学省管轄の独立行政法人の利権拡大につながることを危惧する声も聞かれるが,大学入試センターの存続にも利権が絡むことは明らかである。それならば,まずは教育上の利益を優先し,「利権」の問題については国民が目を光らせていくしかないように思われる。
(2)民間(外部)テスト,あるいは,民間テストの技術を利用する
「京都アピール」では,「第一段階として,現行の大学入試センター試験(外国語)を4技能総合型のテスト形式へと移行させ」,「第二段階として,学習指導要領の内容と学生の英語力レベルを考慮に入れた4技能テスト(たとえば,韓国で導入された NEAT〈国家英語能力試験〉のようなもの)を国が主導して開発し,導入する」ことが提案されている。
平成25年度のセンター試験受験者は54万人あまり。万一,中等教育の学習到達度テストが実施されるようになれば,さらに多くの受験者に対応することが必要になる。センター試験を残すにしても,中等教育の学習到達度テストに移行するにしても,これだけ多くの受験者を対象に,大学の入学者選抜の資料となりうる(それだけ公正性や公平性の高い)スピーキングテストのシステムを構築するには膨大な予算が必要である。「韓国のNEATは120万人を対象としているのだからできないはずはない」と言うこともできるが,それを現在の日本の「国」に期待するのは,あまり現実的でないように思われる。また,英語学習には多様な意義や目的があることを考えれば,単一の基準(たとえば,韓国と同様の官製テスト)で全員の能力を測ることが最善であるとも一概には言えない。
中等教育にとっても高等教育にとっても,大学の入学者選抜に利用されるテストを4技能総合(あるいは統合)型にすることは急務である。リーディングとリスニングについては,センター試験におけるこれまでの実績がある。しかし,スピーキングテストと記述式のライティングテストについては,少なくとも当面は,すでに実施されていたり,開発が進んでいたりする民間テストや民間テストの技術を利用することを考えた方が現実的であるように思われる。
(3)大学・大学院の入学者選抜に利用できる民間テストの認定制度を設ける
先般,新聞報道等により,文部科学省が2015年度より中学3年生と高校3年生を対象に,新たな英語能力テストを導入することが明らかになった。そのテストにはスピーキングテストも含まれ,2013年度中にTOEFL等民間テストの実施団体や英語教育の専門家で構成する検討会議が設置されるそうである。さらに,開発途中の2014年度には,インタビュー方式の英検やCBT方式のGTEC等を試行し,民間テストの性能を検証することも報じられている。
従来より文部科学省は,大学入試への民間テスト活用推進に熱心であるが,上述のような動きを見ると,センター試験あるいは到達度テストへのスピーキングテスト導入についても,上記(2)の提案のように,まずは民間テストや民間テストの技術を利用することを考えそうである。しかし,現状の民間テストの成績を大学や大学院の入学者選抜の資料として本格的に利用することには,以下の様な問題がある。
性能の高いスピーキングテストを実施するためには,妥当性の高い問題スペックの開発に加えて,インタビュー方式なら面接者や採点者の定期的で入念な研修・訓練が必要である。さらに,CBT・IBTなら,使用機器の準備やスタジオでのビデオ収録等が必要になる。そのため,テスト業者にとって,スピーキングテストはマークシート方式のリーディングテストやリスニングテストに比べると,コストパフォーマンスがきわめて悪く,テスト市場では従来よりスピーキングテストの開発や販売促進に熱が入らない。TOEFLでさえ,元々はスピーキングテストが除外されていたために,現在の日本の大学入試と同様の悪名を長く世界に馳せていた。そのTOEFLにやっとスピーキングテストが導入されたのは,IBTが可能になった2005年のことである。
日本で実施されている主要な民間テストでさえ,スピーキングテストだけでは採算がとれないと漏れ聞いている。言いかえれば,10分〜15分といった短時間のスピーキングテストで,それに必要な経費を受験者に請求すれば,受験者数の拡大が望めず,それによって費用対効果がさらに悪くなるのである。そのため,ほとんどの民間テストでは,スピーキングテストを他の3技能あるいはライティングのテストとセットにして受験することを受験者に強いている。
このように,業者にとってコスト面で厳しい条件下で作られているからこそ,これらのスピーキングテストを大学の入学者選抜に使う際には,特別な注意が必要である。現状では,どの民間テストについても,テストの実施システムや採点システムの透明性がきわめて低い。たとえば,地域の高校や大学の教員が短時間の研修を受けただけで,アルバイトとして何年も面接者や採点者をしているようなテストもあるが,これでは公正性の面からみても,情報の機密性の面からみても,大学の入学者選抜の資料としては使い難い。今後,万一このようなテストを利用する大学が増え,受験者が増大するようなことがあれば,これまでになかったような大きな事故も起こりかねない。一方,CBTやIBTについても,採点基準,採点者の採用・研修・管理,受験者や係員の不正防止対策,受験料の妥当性等については,業者側がインターネット等で発表している,裏付けの無い情報を信じるしかない。
スピーキングテスト実施中の騒音問題はさらに深刻である。これまでは,TOEFL・TOEIC等についても「そもそもスピーキングはうるさいところでするもの」というような詭弁的な言い訳が通ってきた。しかし,リスニング能力の低い学習者は高い受験者以上に,ヘッドセットに入ってくる他の受験者の声に惑わされる。また,騒音の程度はその都度異なるので,テストの信頼性は著しく歪められている。さらには,騒音であるべき他の受験生の声をカンニングに用いることも決して不可能ではない。
これらの問題のどれも,今後,文部科学省が大学入試への民間テスト活用をさらに推し進めるのであれば,早急に解決しなければならない問題である。また,近い将来,センター試験あるいは到達度テストにスピーキングテストを導入することになれば,同じ問題の解決を迫られる。
「京都アピール」の提案は,これらの問題解決も国が主導して行うことを前提としているように思われる。しかし,先行する韓国のNEATについては,採点者の採用・採点者間の信頼性維持・騒音等の問題にぶつかっていることがしばしば報じられている。それを考慮すれば,国(あるいは大学)として,競合する民間業者を利用することによって問題を解決をすることも一考に値する。
その際に最低限必要なのは,民間テストの厳正な認証制度や定期的な査察制度を設けることであろう。大学の入学者選抜に利用されるための条件を明確にして,厳正な認証・査察制度を設ければ,条件に適う複数のテストから各大学が独自の判断で,利用するテストを選べる。そうすれば,入学者選抜における評価尺度の多元化が一気に進む可能性もある。
このような機能を持つ組織をどこにどう作るかは,これもまた利権の絡む問題であり,慎重な検討が必要である。しかし現状は,多くの国民が「無農薬」というレッテルだけを信じて高価な野菜を食べさせられているのと同じである。そのうえ,主要な民間テストはほとんどが輸入品。雨後の筍のように乱立するテスト群を「官製テスト」で封じ込めるのも一手であろうが,認証・査察制度を設け,民間テストの競争を利用することによって,英語テスト全般の信頼性を高め,評価尺度の多元化を図ることも検討に値する。
(4)日本に拠点を置くExpanding Circle型のAssessment Agencyを設立する
4番目で最後の提案は,産学が連携して,日本に拠点を置くExpanding Circle型のAssessment Agencyを設立することであるが,文章がずいぶん長くなってしまったので,後日に回すことにしたい。